yuブログ
ミステリーや映画、パソコンなど趣味の話題を書きつらねています。最近はもっぱら映画の感想、そしてデジカメやパソコンなどデジタル機器に集中しがち。アジア関連の話題は別ブログ「萌えるアジア」に書いています。
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タイの思い出2・タイで女子プロレス
最近はほとんど行ってないが、80年代半ばから90年ころにかけては、女子プロレスに死ぬほどはまっていた。全日本女子プロレス、ジャパン女子プロレスの2団体については、一時、東京から日帰りで行ける会場はすべて足を運んだぐらい。
当時は、今からは信じられないくらいの女子プロレスブーム。しかもこの人気、日本だけにとどまらず、台湾、タイなどの近隣諸国にも及んでいた。
当時、フジテレビで放送していた全日本女子プロレス中継は、数年遅れでタイでも放送され、長与千種、ライオネス飛鳥、ダンプ松本、ブル中野などの人気選手はタイでも有名となっていた。
この勢いに乗り、全日本女子プロレスがタイ遠征を敢行したのが1990年。
バンコク、ハジャイ、プーケットの3か所で興行を行なった。

このとき、ぼくも全女のタイ遠征を追いかけてタイに行った。
タイと女子プロレスという、当時のぼくの2大趣味を満たすという、一挙両得の旅行。

3大会とも見に行ったが、それだけでなく、昼間、MBKセンターに行ったら、井上京子とエステル・モレノがショッピングをしているところにばったりと会って、しばらく買い物につきあったりしたのもいい思い出。
エステルは、86年にジャパン女子プロレスで日本のリングに初登場したのだけれど、この頃は全女のリングにあがっていたのかな。

会場は、3大会とも、地元の体育館のようなところ。場内に実況アナウンスを流したり、地元の女子ムエタイの試合も盛り込んだりしていた。
あと、この当時、パンティップ・ソンティタム、ビラスィニー・ソンティタムという姉妹がタイから日本に留学生として来ていた。この二人もリングにあがっていた。

今では日本の女子プロレスが海外で興行を行なうなんて、とても考えられないけれど、キックボクシングの選手がタイに行ってムエタイのリングに上がり、それを日本人が見にいくというようなことはけっこうあるようだ。
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2008/05/20(火) 07:34:16 | 格闘技通信
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