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ミステリーや映画、パソコンなど趣味の話題を書きつらねています。最近はもっぱら映画の感想、そしてデジカメやパソコンなどデジタル機器に集中しがち。アジア関連の話題は別ブログ「萌えるアジア」に書いています。
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西村京太郎「21世紀のブルース」
「太陽と砂」に続く第5長編。これもミステリーではなく、執筆時点から見た近未来を描いた作品。「太陽と砂」よりは軽く、近未来の描写も豊富。SFといっていいかもしれない。
冒頭、21世紀最初の元旦を迎え、テレビ局は各局とも月からの宇宙中継を行なっている。月基地は世界各国からの旅行者であふれている。
実際には大外れなわけだが、本作が刊行されたのは1969年。まさにアボロ11号により人類が月面に到達した年。あのまま行けば21世紀には月旅行もできるようになるだろうと予想したもの無理はない。
一方、紅白歌合戦はとっくの昔に終わっていることになっている。まぁふつうに考えたら、1969年時点のテレビ番組が21世紀まで続いているなんて思わないよなぁ。まさか、紅白歌合戦が21世紀まで生き延び、全盛期より衰えたとはいえ未だに40%の視聴率をとっているなんて、今さらながらにすごい。

今のTPP問題を見とおすような描写も書かれている。テレビ局は電波の自由化によりアメリカのテレビ局が日本に進出してくるのに怯えている。
また、ソビエトが間宮海峡に人工の岬を造ってせきとめ、潮の流れを変えてしまったため北海道の気温が上昇し旱魃になるという「国際公害」が発生。これなど、国際公害という言葉こそ使われていないが中国のPM2.5問題にも通じるものがある。

大地震の発生が日にちどころか分単位で事前に予知され、関東大震災並みの地震が発生しても被害はほとんどないという、現状でも夢のような描写もある。これだけは一日も早く実現してもらいたいものだ。

ここまで読んできて、初期の西村京太郎作品に通底するのは「正義」と「冒険」だということがわかったのだが、本作はそのうちの冒険の部分が色濃く出ている。

    
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西村京太郎「太陽と砂」
1967年刊行の第4長編にして総理府「二十一世紀の日本」に応募し、内閣総理大臣賞を受賞した作品。
21世紀を目前にした時代、アフリカの砂漠改造プロジェクトに参加した技師、演劇の世界から能楽師に転じた男、この二人に心惹かれる女性を通して、21世紀を目前とした日本の世界を描く。西村京太郎の貴重な非ミステリー作品。
書いた当初の意図とは異なるだろうが、時代設定を21世紀を目前とした年としているため、未来予測小説の側面ももつ。
東京からエジプトのカイロまで超音速旅客機で数時間。街にはエア・カーが走っているなど、実際には実現していない描写も見られる一方、パソコンやケータイ、インターネットはその片鱗もなく、作中人物は東京とカイロの連絡をもっぱら手紙に頼っている。
しかし、この作品でも登場人物が自殺してしまう。こんなに簡単に自殺してしまうのか?
    
西村京太郎「四つの終止符」
西村京太郎の初長編にして初期の代表作。
玩具工場に勤める聾の若者・晋一。心臓病で寝込んでいた彼の母親が怪死する。彼が母親のために買った栄養剤から砒素が検出され、容疑が晋一に。逮捕された晋一は無実を叫びながら獄中で自殺する……。
まさに社会派ミステリー。社会的弱者への無理解を糾そうとする作者の熱い思いが伝わってくる。ただ、晋一の自殺、続いて晋一と親しくしていたホステス幸子も自殺……と、みんな簡単に自殺しすぎ。

    
ドラマ「探偵・神津恭介の殺人推理 密室から消えた美女」
これは予約していなかったが、ハードディスクレコーダーが勝手にとっておいてくれた。ハードディスクレコーダーのx-おまかせ・まる録機能もたまには役にたつな。
近藤正臣主演の「探偵・神津恭介の殺人推理」シリーズ第11作「密室から消えた美女」。初放送は1992年。原作は「神津恭介への挑戦」。
このシリーズはだいたいは観ているのだが、この作品は未見だったのでありがたい。

とくに興味があったのが、原作で書かれていた超エグい人間消失のトリックがどう描かれているか……だったのだが、これはごく単純なトリックに置き換えられていた。さすがに映像化は困難だったか、あるいはあまりにも非現実的だったので変更したのか。
そしてもうひとつ印象的だったのが、清水香織役の設楽りさ子のド下手さ。

    
西村京太郎「歪んだ朝」
文庫オリジナル短編集。「オール讀物」推理小説新人賞受賞作「歪んだ朝」(1963年)やデビュー作「黒の記憶」(1961年)など5編を収録。
「歪んだ朝」 山谷近くの川で少女の水死体を発見した刑事・田島。10歳くらいの少女の首には扼殺の跡があり、なぜか真っ赤な口紅をつけていた……。
わずかな手がかりをもとにコツコツと捜査を続け、真相に迫っていく田島はまさに十津川警部の原型。山谷周辺とそこに住む人々の描写も秀逸。思わず山谷まで行ってみたくなった。といってもこの作品中で書かれている50年前の山谷と今の山谷では大きく違っているだろうが。
「黒の記憶」は、誘拐された少年が2年ぶりにみつかるも記憶喪失となっており、精神分析で真相に迫る話。なのだが結末に明かされる真相が弱すぎ。習作の域を出ない。また、文中、「甲虫」とすべきところが「昆虫」となっている明らかな誤植がある。作品の肝になるところでの誤植は痛い。
「夜の密戯」は、小説というより小説を書く前段階のメモをそのまま活字にしたような感じ。
ラストの「優しい脅迫者」 轢き逃げ事故を起こした理髪店主を強請りに来る男の意外な理由。さすがエラリー・クイーンが「日本傑作推理12選」の中の一編に選んだだけある。これまで読んだ西村京太郎の短編の中でベストの出来。

    
西村京太郎「名探偵に乾杯」
シリーズ4作目にして最終作。この作品はクリスティの「カーテン」のオマージュだということは知っていたので、本来なら「カーテン」を読んでから読むべきところだが、「カーテン」はボアロ最後の事件。いきなり最後の事件を読むのもなんだし、少なくとも最初の事件「スタイルズ荘の怪事件」も読んでおかなくちゃ……と、先に読むべき本がどんどん増えてしまうので、すべてすっとばして本作を先に読んでしまった。
今作では、ボアロの死を受けて明智小五郎が日本でボアロ追悼の会を催すことに。明智のもつ孤島の別荘に集まったのは、クイーン、メグレ夫妻、ポアロの盟友名ヘイスティングズ、そして今ではすっかり壮年の小林元少年とその娘・美泳子。そこに現れたのがポアロそっくりの風体の若者。自らポアロの息子と名乗るのだが……。
さらに新聞記者やカメラマン、恐山のイタコ、推理作家、船が転覆して岸に泳ぎ着いたカップル そんな中起こる殺人事件。ポアロ・ジュニアは自らがポアロの息子であることを証明するため、事件を推理する。
今作では推理するのはもっぱらポアロ・ジュニアで、明智たち名探偵はそれを見守っている。また、作中で、ポアロが「カーテン」でとった行動への疑問点をあげ、「カーテン」で書かれたこととは違った結論を導き出すという、「カーテン」への批評という側面もあり(というかこちらがメイン?)、名探偵シリーズのこれまでの3作とは趣が異なる。
やはり「カーテン」を読んでからこちらを読めばよかったか……。

    
西村京太郎「名探偵が多すぎる」
順番が逆になってしまったが、「名探偵」シリーズ2作めの「名探偵が多すぎる」を読了。今作では明智小五郎の招待で来日したクイーン、メグレ、ポアロに加え、アルセーヌ・ルパンに怪人二十面相まで登場。
神戸から別府へ向かう観光船に乗船したクイーン、ポワロ、メグレ夫妻、明智と休暇をとって同行した吉牟田刑事。この船上でルパンが名探偵たちに挑戦してくる。
ところが、ルパンは盗みはしても暴力は振るわない振るわない怪盗紳士のはずなのに殺人事件が発生。これはルパンのしわざなのか? ……とシリーズの中でも最もスリリングな展開。名探偵の活躍シーンも見られるが、いちばんおいしいところをもっていくのがメグレ夫人というのもおもしろい。

    
西村京太郎「名探偵も楽じゃない」
うわぁしまった。「名探偵」シリーズ、書かれた順番に読んでいくつもりだったのだが、「名探偵なんか怖くない」のあと、2作めをとばして3作めの「名探偵も楽じゃない」を読んでしまった。まぁ、シリーズとはいっても1作1作独立している作品だから実害はないのだが、気分はあまりよくない。
さて今作では、M・M・Mというミステリーマニアの会が、クイーン、メグレ、ポアロ、明智小五郎の四大探偵を特別ゲストとして招くという趣向。M・M・Mの会員9人と名探偵4人が顔を合わせたところに闖入してきたのが、現代の名探偵と自称する左文字京太郎。そして彼らの目の前に、連続殺人を示唆するカードが届く。
となかなかスリリングな発端。それに続く連続殺人。しかし今作で活躍するのはもっぱら左文字で、4人の名探偵たちは左文字のお手並み拝見とばかり一歩引いている。一人カリカリしているのが警視庁の吉牟田警部補。
真相が明らかになるまで数度にわたるどんでん返しがあり、本格ミステリーとして一級品。

    
西村京太郎「ある朝 海に」
南アフリカ共和国を訪れたカメラマン・田沢はある白人から冒険に誘われた。南アの黒人差別に抗議するため、大西洋航路の豪華客船を乗っ取ろうというのだ。メンバーは各国の若者9人。計画は実行に移された……。
と、初期西村京太郎の特色である正義への思いと冒険が十二分に発揮された作品。
何しろ、シージャックの目的が、南アの理不尽なアパルトヘイトを世界に訴えるためというのだから正義への思いはストレート。ちなみに本作が書かれた1971年時点では南アのアパルトヘイト政策は揺るぎないものだった。
作中でもシージャック犯と客船の乗客の会話、あるいは要求をつきつけられた国連やアメリカをはじめ各国の反応という形で、南アの問題点が浮き彫りにされている。
無事シージャックに成功した若者たちだが、国連に対しての要求は受け入れられるのか、船上の乗組員や乗客を人質にとり続けていられるのかなど、サスペンスは続く。
船上で予想外の殺人事件が発生したり、意外な結末が待ち受けていたりと、エンタテインメントとしても思った以上におもしろかった。

    
テレビドラマ「天使の傷痕」
先日読んだばかりの「天使の傷痕」。この作品のテレビドラマ版がCSファミリー劇場で放送されていたので鑑賞。
基本的には原作にかなり忠実。なかなかていねいなつくりだなと感心して観ていたのだが、なんと、いちばん肝の部分、犯人が犯行におよんでしまった原因の部分がすっかり改変されていた。やっぱりそうなるのかとも思ったが、ここを変えてしまってはダメでしょ。
初放送は2001年、テレビ東京系。主役の新聞記者はノートパソコンを持ち歩き、原稿をメールで送ったりしているのに、なぜかカメラだけはアナログ。

    
西村京太郎「名探偵なんか怖くない」
「三億円事件解決の手助けになれば」と、ある大富豪が三億円事件の犯人像にきわめて近い男をモルモットに3億円を盗ませ、3億円を手にした犯人が何を考え、どんな行動を起こすかを観察する再現実験を行なおうとする。
この実験のために呼び寄せられたのが、エラリー・クイーン、エルキュール・ポアロ、メグレ元警部、明智小五郎の4人。
……って、あらすじを書いていてもわかるのだが、この実験のためになぜ4人の名探偵を呼び寄せたのかイマイチあいまい。実際、この実験で3億円が犯人の手にわたってからは4人の名探偵はとくに活躍することもなく、せいぜい犯人の行動を予測する程度。
実は首謀者には4人の名探偵を集めた裏の目的があることが判明するのだが、それにししても表向きの理由がこんなあいまいなことでは、聡明な名探偵たち、招待を断って帰ってしまうと思うのだが。
さて物語はこのあと、三億円事件のモルモットの男が殺され、金庫に入っていたはずの金がなくなりと事態が急転。意外な展開と予想外の結末が楽しめる。
欠点は、クイーンやポワロ、メグレ、明智の登場する作品のネタバレが作中で多数登場すること。過去の作品にふれることは必然性があるのだが、それにしてもこんなに盛大にネタバレさせることはなかったのでは?

    
西村京太郎「黄金番組殺人事件」
左文字進シリーズの一作。
今作の舞台はテレビの世界。左文字進が街を歩いていてテレビ局のプロデューサーにスカウトされ、資料率30%を越える人気バラエティ番組「ザ・リクエストタイム」に出演することになる。
左文字がテレビ番組の収録を見学しに行ったところ、なんとレギュラー5人の男女がスタジオから忽然と姿を消す。その2日後、テレビ局に身代金5億円の要求が。
このレギュラーの男女優は架空の人物だが、この番組にゲスト出演する人物として和田アキ子、菅原洋一、三浦友和、西城秀樹、森繁久彌など執筆当時(1979年)の有名人が実名で続々登場。和田アキ子にいたっては、左文字と会話も交わしている。
誘拐劇の真相や意外な犯人、意外な動機と、畳み掛ける展開はさすがのストーリーテラーぶり。とはいうものの今作は左文字の活躍があまり見られず、テレビ界の内幕に切り込むような話でもないため、他作品と比べるとやや劣る印象。

    
西村京太郎「日本ダービー殺人事件」
いやぁ、初期の西村京太郎は、いろいろな題材にチャレンジしているなぁ。
本作品の題材は競馬。しかも八百長の問題に切り込んでいる。
12連勝を飾り、ダービーに挑む怪物タマキホープ。そのオーナーとジョッキーのもとにダービー出走を取り消せという脅迫状が舞い込む。十津川警部が捜査に乗り出した途端、ジョッキーが毒殺される事態に……。
私は競馬には詳しくないが、非常にリアリティが感じられた。西村京太郎自身、一時競馬場で働いていたということもあるのだろうが、そうとう綿密な取材も行なったのだろう。
競馬に八百長はあるのか、そしてダービーで本当に八百長があったのかという興味でも読ませるし、ミステリーとしても一級。

    
西村京太郎「鬼女面殺人事件」
新幹線で隣の席に乗っていた男が突然死。「妹を助けて」という言葉を残し、偶然隣の席に座っていた弁護士の中原に朱い花を渡して死んでしまう。朱い花は南海の孤島・恩根島で20年に一度だけ咲くアカベの花だということがわかる。
中原は秘書の京子と共に、月に一度だけ出ている船便に乗り、恩根島に向かう。中原たちは死んだ男の妹をみつけ、助けようとするのだが、余所者の二人に島民の口は固い……。

って、この弁護士、見ず知らずの男のためにまるまる1カ月も仕事をほっぽり出して大丈夫なのか? 

    
西村京太郎「天使の傷痕」
第11回江戸川乱歩賞受賞作。てっきり読んだ気になっていたが、未読だった。
新聞記者の田島がようやくとった休日に、恋人の昌子と聖蹟桜ケ丘にハイキングに出かけるが、そこで殺人事件に遭遇する。被害者は死に際に「テン」とつぶやいて息をひきとった。
オーソドックスな犯人探しミステリーだが、犯人が判明したあと、さらに意外な動機が浮上する。社会的な問題を提議した社会派ミステリーというわけだが、決して押し付けがましくなく上質なエンタテインメントになっている。評価が高いのも納得。

    
西村京太郎「南神威島」
西村京太郎の第一短篇集。
5編が収録されているが、いずれも西村京太郎が小説の勉強のために入った文学同人・新鷹会の機関誌「大衆文芸」に掲載されたもの。今回読んだのは講談社文庫版だが、初刊は西村京太郎自身が私家版として発行している。
表題作「南神威島」は、昔ながらの風俗習慣を保ち、奇妙な風習をもつ南の島・南神威島に赴任した青年医の話。後の作品の原型のような作品だ。

    
西村京太郎「発信人は死者」
この際、初期西村京太郎作品は全部読もう!と思って、片っ端から買って読んでいるのだが、あまりに読みやすいのですぐに読み終わってしまう。
この作品もツカミは抜群。
アマチュア無線を趣味とするカメラマン野口が、毎夜救難信号を受信する。暗号めいたその信号の内容を調べていくと、それは旧日本海軍の暗号だということがわかる。なんと、終戦時にトラック諸島沖で沈没したはずの潜水艦〈伊五〇九潜〉からの32年ぶりの救難信号だったのだ。
しかも伊五〇九潜は十億円分の金塊を積んだまま沈んでいるのかもしれない。野口たち3人は、トラック諸島に向かう。
この頃の西村京太郎作品は描写にリアリティがあってよいが、特に海洋ものとなると筆が冴え渡る。今作も暗号解読の過程や沈没した潜水艦の調査、そして西村作品では珍しい海中での大アクションシーンと読みどころが多い。
十津川警部も登場するが、今作では完全に脇役。男2人女1人の3人の若者による海洋冒険ロマン。
後に「黄金のパートナー」として映画化されている。初期の西村作品も意外に映像化された作品が多い。
    
西村京太郎「盗まれた都市」
うわ、こんな作品もあったのか。やはり初期西村京太郎おそるべし。
人口10万の某地方都市・尾形市が、「反東京」思想にとりつかれる。新聞、テレビでは連日「東京人は尾形市の悪口を罵倒している」など、反東京報道を行ない、市議会では反東京条例が制定される。
その騒動の実態を探るべく尾形市に乗り込んだ私立探偵・左文字進とその妻は、たちまち東京人ボイコットの荒らしに巻き込まれてしまった上、殺人事件の容疑者にされてしまう……。
なんの変哲もない地方都市が「反東京」ファシズムに染まっていくさまはSF的でもあるが、妙にリアリティもあり、読んでいてぞっとしてくる。
眉村卓「ねらわれた学園」を思い出す。
ただひとつ残念なのが、最後に出てくるスーパーコンピュータの描写。データを入れて質問したらコンピュータがなんでも答えてくれる。これではまるで全知全能の神だ。
この作品が書かれたのは1977年。まだパソコンは普及していないものの、コンピュータはかなり身近な存在になっていたはず。これほど幼稚なコンピュータ描写にはなかなかお目にかかれない。

    
西村京太郎「一千万人誘拐計画」
短篇集。初期西村京太郎の持ち味は、気宇壮大な謎の提示とその見事な解決にあると思うのだが、短編ではなかなかその本領が発揮できない。本作品集では5編が収められているが、どれもちょっとしたサプライズはあるもののイマイチ。
表題作「一千万人誘拐計画」は、のちに「華麗なる誘拐」として長編化されるものの原型だが、この短編では東京都民全員を誘拐しようとしたものの自分のルールにとらわれたばかりに警察に捕まってしまうドジっ子犯人として描かれている。いやまぁ、これはこれでおもしろいが。

    
「ハウス HOUSE」
日本映画専門チャンネルで放送していた「ハウス HOUSE」を鑑賞。
大林宣彦の劇場映画デビュー作。1977年公開なので今から36年も前の作品だが、今観てもちっとも色あせてない、というか今観たほうがおもしろさがわかる。

36年ぶりに観たのだが、劇中少女たちの話すセリフ「オシャレのオシャレ~」とか「しぶしぶしぶしぶ」「唇が……大きすぎる」とか今でもしっかり覚えている。
少女たちが次々と家によって殺されるのだが、いちばん印象に残るのは、メロディーがピアノに食べられるシーン。

観終わったあとネットで調べたところ、オシャレ役の池上季実子はもちろん、クンフー役の神保美喜、ガリ役の松原愛など、今でも現役で活躍しているようでうれしいかぎり。
松原愛のブログを観たところ、「愛と誠」主題歌を歌ったデュオ「あいとまこと」の女性だった。いやぁそうだったのか。初めて知ったわ。「愛と誠」はニッポン放送でラジオドラマをやっていたのを聞いていたが、ドラマ本編よりもこの主題歌のほうが印象に残っている。といっても覚えているのは出だしの「白い馬のナイト、さわやかな風と」までだが。
さらに松原愛のブログからリンクする形で、「ハウス」公開前にニッポン放送で放送されたラジオドラマ版「ハウス」の冒頭部分も聞くことができる。いやぁ、これは貴重だ。

    
西村京太郎「D機関情報」
うわぁ失敗した。未読だと思ったらこの作品、5年くらい前に読んでいた。しかしその割にまったく印象にないなぁ。
というわけで、再読ではあるのだがほぼ初読と同じような感じ。
第二次大戦中、密命を帯びた海軍将校がヨーロッパへ渡る。
第二次大戦末期のヨーロッパを舞台とした各国情報機関の諜報合戦と、その中で苦悩する海軍将校の物語。
しかしとくにどんでん返しがあるわけでもなく、印象の薄い作品。
そもそも、100kgの金を入れたトランクをドイツからスイスまで一人で運ぶとかリアリティがない。セキュリティの上からもそうだし、物理的にも100kgの金を2つのジュラルミンケースに分けて入れて一人で運ぶなんて無理でしょう。
初刊は1966年。20年以上たった1988年に「アナザー・ウェイ ―D機関情報―」として映画化されている。

    
西村京太郎「七人の証人」
うーむ、アーリー西村京太郎を読むシリーズもそろそろ終わりに近づいてきた。
今作も十津川警部ものだが、他にはない特異なシチュエーション。
十津川警部が帰宅する途中、何者かに襲われ、気づいてみると見知らぬ場所にいる。他にも7人の男女がおり、無人島に街の一部分が映画のセットのように建てられていることが判明する。
十津川以外の人間はみな、1年前に起きたある殺人事件の目撃者。やがて現れたこの奇怪な出来事の首謀者は、無実を訴えながら裁判で実刑を処せられ、獄中で死んだ男の父親だった。
この男が開く孤島での私設裁判。証人たちが裁判で語った証言とは異なった事実が徐々に明らかになるが、ここでもまた殺人事件が発生する。
孤島の私設裁判の見届け人の役割を託された十津川警部は、あわせて孤島で起こった殺人事件の解決にも挑む。この作品もサスペンスの貼り方が見事。
初刊は1977年。

    
「Z108地区 ~ゾンビ包囲網~」
友松直之つながりで和製ゾンビ映画について調べていたところ、台湾映画「Z108地区 ~ゾンビ包囲網~」がDVDになっていたことを知り、早速鑑賞。
この作品、原題「Z108 棄城」という、2012年に製作された台湾初のゾンビ映画。日本でもごく限られた映画館で公開されていたが見過ごしていた。台湾でもDVD化されているはずなのだが、今年1月に台湾に行ったときもDVDを見かけなかったし、これは入手困難かと諦めかけていただけにうれしい。

ストーリーはこく単純で、台北・西門町でゾンビが大量発生。避難勧告が出る中、SWAT隊が逃げ遅れた人々の救出に向かうが……。
私にとっては馴染み深い西門町がゾンビの群れであふれる映像はかなりのハイクオリティ。

しかし、台湾ではかなり珍しいこの手の映画、実現しただけでもすごいとは思うが、たぶん監督兼脚本兼プロデューサーのジョー・チェンが、ここぞとばかりにやりたいことを全部詰め込んでしまった結果、どれも中途半端になってしまった感じ。ゾンビだけでもインパクトあるのに、「悪魔のいけにえ」のような変態が出てきたり、ヤクザの親分が「AKIRA」の鉄男のように不気味な姿になったり、あげく日本人の殺人鬼が出てきたり。
うーん、もったいない。

    
西村京太郎「イヴが死んだ夜」
浅草寺の境内でみつかった若い女性の全裸死体。その太股にはバラの刺青が彫られていた。捜査の結果、被害者は岐阜の旧家の長女と判明するが……。
これも十津川警部ものだが、他の作品と違い、十津川警部がかなりハードボイルド。容疑者を尋問中2回も殴りつけたりしている。というのも、十津川警部の婚約者・岩井妙子が「事件のことでお役に立てるかも知れません」という置き手紙を残して失踪してしまったから。
他の十津川警部ものとは異なるテイストながら、十津川ものでははずせない一作。

    
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