yuブログ
ミステリーや映画、パソコンなど趣味の話題を書きつらねています。最近はもっぱら映画の感想、そしてデジカメやパソコンなどデジタル機器に集中しがち。アジア関連の話題は別ブログ「萌えるアジア」に書いています。
200905<<123456789101112131415161718192021222324252627282930>>200907
スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
    
インターネット回線復活
ここ1週間ほど、自宅のインターネット回線が絶不調で、ときどき通信できなくなったり、ときには半日間まったく通信できなくなったりした。おかげで、日頃どれだけインターネットに依存しているかを痛感。この間、マクドナルドにノートパソコンをもっていって無線LANでつないだり、漫画喫茶に行ったりしてなんとかしのいだが、家でインターネットできないというのがこんなに不便なものだとは……。

今日メディアコンバータ交換の工事をしたので、大丈夫とは思うが、こういうこともあるので、予備の接続方法も用意しておかないと駄目だなぁ。

    
スポンサーサイト
デジカメ退化 スイバル全滅
このところまたデジカメ熱が高まり、先日オリンパスが発表したマイクロフォーサーズのデジカメ「オリンパスPEN E-P1」を現物も見ずに予約してしまった。

同じマイクロフォーサーズでも、パナソニックのLUMIX DMC-GH1は形状や機能が一眼レフに近く、わざわざマイクロフォーサーズにした意義が認められないが、こちらオリンパスのE-P1はコンパクトデジカメの発展形という印象で、これなら気軽にもって歩けそう。

しかし、このE-P1などは意欲的な商品だが、とくにコンパクトデジカメについてはこのところこれといった商品が見当たらず、形状、機能とも似たり寄ったり。つくる側のやる気が感じられない。もうこのジャンル、停滞か?
数年前まではメーカーごとに特色もあり、使いたい機能によって機種を選ぶ楽しみもあったのだが……。

とくにバリアングル液晶モニターや回転レンズ(スイバル)を使ったものが全滅に近い。
バリアングル液晶モニターはまだ、デジタル一番レフには用いられることも増え、コンデジでも上級機種には使われているが、スイバル機のほうは全滅。ローアングルやハイアングル、自分撮りなどポジションを自由に選べるこの形状こそデジカメならではのもの。デジカメを世に広めたカシオQV10をはじめ、デジカメ普及の初期にはニコン、ソニーなどいくつものメーカーがスイバル機を出していたものだが。
現行機種を見ると、見事に全滅。ニコンもソニーもふつうの形状のデジカメしか出していない。

バリアングル液晶では、液晶モニターのアングルは自由に変えられるものの本体の角度は変わらないので、ハイアングルやローアングルでシャッターを押すなどの操作はやりにくい。
その点、スイバル機では、液晶を含めた本体全体の角度が変えられるのでどのようなアングルでも操作しやすい。

結局、かなりさかのぼって各機種について調べた上、スイバル機では最新(といってもとっくに生産完了品になっているが)の、ニコン COOLPIX S10という機種を買うことにし、ヤフオクで落札した。使い勝手はまた後日。

   
    
「グローイング・ダウン」
先日の三遊亭円丈の落語「寄席にも奇妙な物語」を聞いて、そういえば清水義範の小説にも時間が逆行する話があったなと思い、早速「グローイング・ダウン」を読み返してみる。

「ベンジャミン・バトン」のほうは、80歳で生まれてどんどん若返っていくが、別に時間が逆行しているわけではない。一方、「グローイング・ダウン」のほうはズバリ時間が逆行する。それも一人でなく地球のすべての時間が。
ただし、正確には1日の時間の流れは正常で、ただ1日が終わり夜寝て起きると「明日」ではなく「昨日」になっているというもの。うーむ、どういう理屈なんだ。
とりたてて事件が起こるわけでも、この異常事態の原因が解明されるわけでもない。こういう状況になったらどうなるかを書いた短編。

    
「ろんだいえん」
昨日の無限落語で話題になっていた三遊亭円丈「ろんだいえん」を早速購入。
ちなみに書名の「ろんだいえん」とは、円丈が落語を「論じ」「台本化し」「演ずる」こと。

無限落語での円丈、小ゑん、福笑の座談会の中では、かなり過激な記述もあるみたいなことを言っていたが、読んでみたらしごく真っ当。
円丈の提唱する噺家のランクとして、古典落語を演ずるだけの芸人=アクターは最低ランク、アレンジならできるアレンジャーがその次、そして噺を創造することができるクリエーターが最上級と言っている。このあたりが、古典落語至上主義の人から見たら何言ってんだ、ってことになるのかもしれないが、いやいやいや、これも当然でしょう。

落語を論ずるだけでなく、円丈自身、どうやって新作落語をつくっているかという手の内をかなり大胆にさらけ出している。新作落語の教科書のような本。

    
この歌詞はおかしい
昨日の続きで、「歌詞 おかしい」をキーワードにネットで検索していたら、たしかにこれはおかしい!と深く同意したものがあった。
アニメ「デビルマン」の主題歌「デビルマンのうた」歌詞の2番、
 デビルチョップはパンチ力
歌詞では、「デビルアローは超音波 デビルイヤーは地獄耳 ~」と、デビルマンの得意技が羅列されるのだが、なんでチョップがパンチなんだ? ちなみに作詞は阿久悠。

    
第21回無限落語
第21回無限落語に行ってきた。
前回は行けなかったので4カ月ぶり。
今回のテーマは、東京 vs 大阪 東西落語対決!!
大阪勢の笑福亭福笑、笑福亭たまだが、
笑福亭たまはめちゃくちゃな昔話をするヤクザ、
笑福亭福笑は、神経性胃炎?で検査入院した男の話。
いちおう笑えはするが、全然おもしろくない。二昔前のほのぼのギャグ漫画を読んでいるような感じ。
ただし、笑福亭福笑のマクラはおもしろかった。昔のヒット曲「24,000回のキッス」は歌詞がおかしい、「一秒のキッスを一日つづければ24,000」って計算が合わない、とか「コーヒールンバ」の「それは素敵な飲み物 コーヒーモカマタリ」は、当時「コーヒーも鎌足? 藤原鎌足のこと?」と思ったとか、森進一「襟裳岬」の「襟裳の春は何もない春です」は、当時、襟裳の住民からクレームがついたとか。

一方、東京勢。柳家小ゑんはマクラで昨今の秋葉原批判を始めたので、また「アキバぞめき」かと思ったが、そうではなく別のおたくネタ。小ゑんのおたくネタは実に生き生きとしていていい。今回は化石おたくの男の話。ぼくは化石にはとくに興味はないが、それでもその中で語られる化石おたくの生態には実に共感してしまう。
中で出てきたミネラルフェアというのも本当にやっているんですね。しかも毎月のように日本全国のどこかで開催されている。

トリの円丈は、「ベンジャミン・バトン」より19年も前につくっていたという、時間を逆行していく男の話「寄席にも奇妙な物語」。しかも生き返り、どんどん若返っていくのが古今亭志ん生。よく考えると時間を逆行したら意識も逆行するので若返っていることはわからないのでは?とか志ん生の回りの世界の時間は逆行していないのか?とか疑問がわくが、SFっぽさいっぱいで楽しめた。「アルジャーノンに花束を」に似ているところもあったし。

なお、襟裳岬で調べたら、デイリーポータルZで、襟裳の春は本当に何もないのかという記事が掲載されていた。

「24,000回のキッス」は、原曲(イタリア)では ogni secondo(すべての時間)となっているところを字義どおり「1秒」と訳してしまったのが間違いのもとのようだ。原曲ではmille carezze all'ora all'ora(1時間ごとに千回のキッス)なので、計算は間違っていない。

    
「七福神殺人事件」
高木彬光著。神通恭介の事実上の引退作品。
しかし、七福神の見立て連続殺人とはいえ、殺される人は七福神とは何の縁もゆかりもない。死体が七福神ゆかりの寺に遺棄され、「布袋尊」だの「恵比寿神」だのと書かれた紙が死体の上に置かれていた--って、後で特定の一人を殺すためのカモフラージュとわかるのだが、それにしてもこんな殺し方をしていく意味はない。
すらすらと読み進められ、次はどういう展開になるか期待させる腕はさすが高木彬光といったところだが、これが神通恭介最後の事件というのはあまりにも寂しい。

2012年3月15日追記

……と思ったら、神津恭介、このあと復活していた。「神津恭介への挑戦」「神津恭介の復活」「神津恭介の予言」の3作。

    
「葉桜の季節に君を想うということ」
今さらながら、「絶望ノート」の歌野晶午の最高傑作。

葉桜の季節に君を想うということ (文春文庫)葉桜の季節に君を想うということ (文春文庫)
(2007/05)
歌野 晶午

商品詳細を見る
    
「絶望ノート」
いじめに受ける少年がその怨念をノートに書き連ねていったところ、ノートの中で名指ししたクラスメートが次々と殺される--。

(以下ネタバレあり)
さすが歌野晶午、「葉桜の季節に君を想うということ」ほどの衝撃はないが、秀逸な構成。
しかし、文章によって人を思うとおりに動かすという発想、そして、これほどの文章力を中2にしてもっているなら、将来はベストセラー作家として前途洋々じゃないか。
実際、「絶望ノート」に書かれたいじめの実態は、リアリティたっぷり。これが創作とは誰も思わない。もう少し、すぐボロが出るような、いかにも中学生が書いたものだなって書き方がされていれば、読んでいて、ははぁ、これは創作かもと思ったのだが……。

    
「猿の軍団」
このところ、TSUTAYA DISCASでDVDをこつこつと1枚ずつ借りて観ていた「猿の軍団」全6巻26話、ついに観終わった。なるほど~、こういう話だったのか。

1974年の本放送当時、ハイジでもヤマトでもなく、この「猿の軍団」を観ていた記憶はあるのだが、全体ストーリーも結末も覚えてなかったので、おそらく途中で観るのをやめてしまっていたのだろう。

いろいろチャチな部分はある。とくに中で出てくるロボットなどまるっきり子供のオモチャで、この3年後にはアメリカでは「スター・ウォーズ」がつくられるというのにこの差はいったい何なんだと悲しくなってくるが、ストーリーの骨格はしっかりしている。さすが、小松左京、豊田有恒、田中光二の3人が原作だけのことはある。なぜ人類が滅亡し、猿が地球を支配するようになったのかという謎が少しずつ明らかになっていく。この謎解きで最後まで引っ張る。

ラストは夢落ちで終わるのか?と危惧したが、さすがにそれはなかった(まぁ、夢落ちに近いともいえるが)。未来へ向かうはずのコールドスリープカプセルが超低温の超伝導により過去に向かってしまったという、よくわからない理屈によって本来の世界に戻ってこられた。

しかし、4人の人間のほかは毎回毎回出てくるのは猿ばかり。怪人怪獣も出てこないし、よくこんな連続ドラマ、GOサインが出たな。

    
コミケ受かりました
タイに行っている間に、コミケから通知が届いていました。
8月16日(日) 東京ビッグサイト 西1ホール は-20b
サークル名 萌えるアジア
「全アジア メイド喫茶カタログ 2009」などの既刊本のほか、新刊「萌えるタイ読本」を販売の予定。さぁ、今からがんばってつくろう。

    
タイから戻りました
6月5日から11日までタイに行っていましたが、無事戻りました。
詳細は萌えるアジアで。

    
吉祥寺寄席
本日は、近所のお寺で開かれる吉祥寺寄席に行く。最近は行ったり行かなかったりだが、柳家喬太郎が出るとなれば行かずばなるまい。
先日、NHKの番組で、落語家6人がマクラのみで優劣を競うというチャレンジャブルな(無茶ともいう)企画をやっていたが、さすが喬太郎、即興で出されたお題に対してもずば抜けた対応で盛り上げ、優勝していた。
今日の出し物は「死に神」。本当は新作を聞きたいところだが、吉祥寺寄席の客層では無理か。 しかし「死に神」も見事に演じていて満足。
ゲストの寄席囃子・恩田えりも、ふつうなかなか聞く機会のない寄席囃子が聞けてよかった。日大法学部を卒業しながらなぜ寄席囃子の道に進んだのかという話も興味深かった。いやぁ世の中いろいろな人がいる。

    
copyright © 2004-2005 Powered By FC2ブログ allrights reserved.
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。